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June 29, 2012

ギター教室 538 「演奏の情報処理」

 ギター教室の話題。

 わたしが大学生だったころに、ギターの自動演奏装置の開発をテーマにしていた先生がいらっしゃいました(もしかして、今もやってるのかな。)
 今にして思えば、その演奏装置はどういうものだったのか見てみたかったです(見てない!)。
 
 機械に演奏させるからには、人間の動きに対応するメカを用意しないといけないし、人間の動きを解析してプログラミングする必要もあるし、相当な量の情報の処理が必要です。
 とすれば、いきなり何もかも再現はできませんから、順番に考えて、まず何を捨ててて、何を生かすか、を決める必要もあったはずです。
 どういう順番で実現に近づけていったのか、、、これも興味がありますね。

 ただ、機械には人間ほど抽象的なことはできないだろうな、という気はします。勘で弾くとか、こんな感じで弾く、とか。

 そんな話を思い出したのは、
1. 簡単そうに見える曲でも実際に演奏するとなると難しい。
2. 譜面が簡単でも、それを正確に実現するには、多くの情報処理、コントロールされた身体の動きが必要だ。
3. 必要な処理を遂行するにあたり、われわれは、すべての情報をいちいちはっきり意識して確認しながら演奏しているわけではない。
4. われわれは、音のイメージ=パッケージ化された身体の動き、という回路を作ろうと練習している。
5. それこそが、楽器演奏における、具体~抽象化(一般化)への姿であり、上達するということだ。

などと、つらつら考えてしまったからです。

 下手くそなうちは、ほとんど、「この場合、こういう動きでこの手順で弾く」という具体的で拡張性のない考えで弾きますが、上手な人は、「勘」で弾くわけです。

 機械にそんなことができるのかどうかはわかりませんが、人間には、できます。そういう方向に行くことが上達であることは間違いないと思います。

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