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October 11, 2007

ギター教室 278

 ギター教室の話題。

 「語るように歌う」について、わたしなりの基準を示しておきます。

 「原型が想像できる崩し方をする」
です。 
 「原型」とは、「杓子定規に弾いたとしたらこうなる」というフレーズを言います。

 何かのフレーズを崩したとして、「それを聴いて原型が想像できる」というのは、どういうときか?というと、その演奏が首尾一貫した音楽的なルールに基づいて行われている場合です。
 なぜなら「もとにもどせる」ためには、「なんらかの法則」が必要だからです。
 「いびつになった」ものに対し、「音楽的なルールに基づいて」逆の力を加えると、「もとにもどる」わけです。

 「首尾一貫した音楽的なルール」とは、以前にもお話した「メロディのもつリズムの在り方」であり、それはすなわち「音楽のもつリズムのありかた」「演奏家個人のもつリズムのありかた」です。ルールといっても言葉にすると抽象的ですね。数値化の難しい領域です。

 「大事なのは、首尾一貫した音楽的なルールが存在することであり、それがあれば結果として、原型が想像できる崩し方ができるのだ」
 と考えてもよいでしょう。

 ネガティブな例ですが、不幸にして演奏を失敗してしまったとき、、、不本意ながら「崩れてしまった」としてます。しかし、ここに首尾一貫した音楽的なルールが存在すれば、たとえ崩れても音楽的にはおかしいものには聴こえないものなのです。

 さて、どういうルールを導入するかによって、できあがりの音楽は全く違うものになります。たとえ、原型が想像できたとしても。ルールをどう判断し評価するのかは、そこは演奏家個人の問題です。

 ちなみに、、、 たとえば、詩の朗読が、とても音楽的に聴こえたりすることがあります。これはその詩が音楽的な要素をもって作られているからであり、同時に読み手がなんらかの一貫した音楽的なルールを感じつつ朗読しているからだと思います。

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