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September 21, 2007

ギター教室 267

 ギター教室の話題。

 演奏技術(身体の使い方)の部分は、機械的に分析可能でいわば量で測りやすいものですから、教える側としても教えやすいし、「虎の巻」「教則本」の類も作れる領域であると思います。

 しかし、仮に十分な演奏技術があったとしても「何をどう演奏したいのか」という動機や目標、興味といった「心」の部分がないと音楽にはなりません。
 
 その「心」の部分は、質の領域であり、譜面にして伝える、数値化するというような量的な処理が難しいので、口に出して教えにくいし、生徒も「感じて覚える」「体感する」という方法で学ぶよりほかない部分であります。
 
 学ぶ立場でもあるわたしは、質を量に置き換えるのは可能なのか?と考えてきましたが、、、部分的には可能(心を構成する音使いとかある種の理論とか、いわば知識やコツの類)だけど、全部は絶対無理だろうというのが今のところの結論です。
 量に置き換えるのが難しい部分は、「状況処理のプロセス」「実践していく知恵」「勘」などの「経験」に関わる部分でしょうか。

 最終的に、質的要素は音楽の十分条件になりうるけれど、量的要素のみをいくらかき集めても必要条件にしかなりえない(=不十分)という感じがします。
 
 確かにいえるのは、「心」を体得して、演奏できるようになるミュージシャンは世界中に大勢いるということです。その事実に自分たちも希望を持って生きていきたいと思います。

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