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September 07, 2007

ギター教室 263

 ギター教室の話題。

 音楽のあるべき姿、ということを考え始めるときりもないのですが、「どうやらこうなのではないか?」ということを考え続けて、常に課題として持っていることは大事だと思います。

 音楽の現場(アウトプットの場)では、「持っているものを全部出す」という姿勢で、たとえとんちんかんであろうとやるしかないわけです。
 同時に、常に研究を怠りなくという姿勢(インプット)がないと、「別に、演奏者の好みのスタイルでおしきって演奏するならファドじゃなくてもいいじゃん、タンゴでなくてもいいじゃん」という結果になるのも事実です。
 さらに、矛盾するようですが、「演奏者の個性のない演奏なら毒にも薬にもならんよ」という結果になるっていうのも実際あります。

 そこらへんを止揚して、まとめていくっていうのが、演奏の実際なわけですね。

 そのためには、演奏を評価する基準を持つことが必要です。

1. 思い切り演奏できたか?できたならOK。できなかったなら、その原因を洗い出す。
2. 研究は十分しているのか?どこが不明で身についていない部分なのか。メカなのか、ノリなのか、語彙なのか。あるいは、他にどの点なのか?
3. 総合的に、現在の演奏で不足している部分は何なのか?

 「音楽とはこういうものだ」という確信を「うそであってもいいから」持つことは、演奏の現場では非常に大事であるけれど、一方では、その確信は実は危ういものだという認識も必要なんですね。そこを本当の確信にするために、研究はするわけです。

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