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September 04, 2007

ギター教室 262

 ギター教室の話題。

 暑かったけど短い夏が終わり、すっかり秋になりました。

 ギターの演奏は、誰でも気軽にはじめられるものですが、気軽な分、自覚してるかどうか別にして挫折する人も多いですね。

 わたしの場合、小学校までは、音楽へのイメージが「日ごろ聞いてる歌謡曲」「習い事としてのピアノ教室」「学校の授業で触れるクラシックとか文部省唱歌?」しかないという、田舎では普通の少年時代を送っていましたが、中学校の先輩からフォークを教えてもらい、そこから「誰でも自由に音楽はやっていい。これは授業でも習い事でもない活動でありうる。」ということを知りました。

 だから、ギターは、わたしにとって自由な音楽活動のシンボルであります。

 問題は、、、「自由である」=「下手くそでいい」というわけではないことです。下手くそでは自由な演奏ができませんからね。

 「自発的な動機でギターを手にする。」~「それを自在に奏でるまでの技術を獲得する。」このふたつの間には、いくつかの超えねばならないハードルがあります。
 しかし、このハードルの存在が、「挫折」の原因であるなら、それは、その人にとって、そもそも、ギターは自由のシンボルではなく不自由なものという話になります。

 だから、わたしは、このハードルは、挫折の原因であってはいけないと思います。

 中には越えられないものもあるかもしれません。未知の領域に踏み込むのは、いつでもたいへんなことですが、それをわくわくして迎えられるか、正面突破で乗り越えるか、あるいは工夫して回避するか、うまくいかないことすら楽しめるか、いずれにしても、、、大好きなギターを「挫折=不自由」のシンボルにしてしまうのはもったいないなと思います。

 「ギター=不自由」の図式の中にいかないためには、ハードルの存在を自覚して、どう乗り越えたらいいか考え、実行することです。

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