« ギター教室 250. | Main | ギター教室 252 »

July 27, 2007

ギター教室 251

 ギター教室の話題。

 クラシックには「エチュード(練習曲)」と名のつく曲がたくさんあります。
 ステージで弾くのにも耐えられるほどにクオリティが高いものもあり、クラシックの演奏家がエチュードをプログラムに入れることも珍しくはありません。

 さて、今日は、ギターの技術を磨く目的でこれらを使用する場合、そこに書かれている「運指」をどれほど尊重すべきなのか?という問題について考えてみます。

 運指とは、「この音は左手のこの指で押さえて右手はこの指で弾く」という「指づかい」を言います。

 譜面に書かれた「運指」には「運指をつけた人の意図」があります。まず、大事なのは、それを理解した上で活用するということです。

 imで弾けば簡単なのに、aも混ぜて書いてあればaがらみのコンビネーションの練習が目的だなとわかりますし、
ポジション移動しないで弾いたほうが簡単なのに、ポジション移動させていれば、ポジション移動が練習の目的なのだなとわかります。

 ここで、問題となるのは、「演奏スタイル」と運指の関係です。確固としためざすべき演奏スタイルがある人は、「運指」もそれにあわせて変えてよいと思います。
 この場合、その練習曲の「運指上の目的」が変化します。 

 かりに、「より音楽的に弾く」ことが目的であれば、用意された運指が演奏者に都合の悪い運指なら「都合よく書き換えたほうがよい」ともいえます。

 練習曲をただ弾くだけでは、いくら曲数ばかりこなしても何の益もないですからね。
 「目的がない練習」など無意味です。 

|

« ギター教室 250. | Main | ギター教室 252 »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



« ギター教室 250. | Main | ギター教室 252 »