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August 06, 2006

ギター教室 157.

 ギター教室の話題。

9d6b それなりに弾く技術がある人でも、「音が伸びているところや休符のビート感を感じないで弾いている」という人は多くいます。音があるところはちゃんと弾けるのに・・・

 長い音にもビートがある。音がないところにもビートはある。それを表現するよりどころは、他ならない「自分自身」です。

 聴衆は、なんとなく心地いいなあと聴いていればよい。でも、演奏者は、それではいけません。意識して表現の各所に「くさび」を打ち込んでいかないといけないのです。音がないところに音を感じさせる「くさび」。

 ギター愛好家の多くは、同時に聴衆でもあります。でも、いったん楽器を手にした以上、そこには表現者としての責任があります。聴衆とは一線を画した責任。曖昧なままになっている人は、意識を変えてみましょう。「自分は表現者なのだ」と。

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