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May 23, 2006

ケーナとギターの夢(6/3)その2.

Quenayguitarra_1 日本人が外国の音楽を演奏する場合、多くはコピー演奏に終始します。創造性のない世界です。「伝統文化を学んで演奏する」と言えばカッコはいいかもしれないけど、コピーはコピーです。

 わたしは、ファド(ポルトガルギター)に関していえば、勉強中なので、「参考音源」を聴いて特徴を把握し、フレージングを学びつつ(コピー)、でも現場は「お勉強」ではないので、なるたけアドリブで弾くという流れでやってきています。それでもコピー音楽であることに変わりはありません。だって骨格はコピーだも〜ん。
 いずれ学ぶことがなくなり、本質を体得すれば、それが脱却のはじまりであろうとは思います。

 「表層的」コピーで満足して終わるか、脱却して「身体化」できるのかは、当人の能力しだいです。いずれにしろ、コピー演奏を漫然と続けていてもホンモノにはなるはずもありません。

 「飯泉バンド」は、そういうわけで学びの時代を終え、ピアソラ作品の演奏をやめました。自分のオリジナル作品、ビート感、タイム感で実力を証明してやろうじゃないの。というわけです。ピアソラ作品の演奏をやめたとたん、見事にお客さんが減りましたが、それらのお客さんの主な興味の対象は「ピアソラ作品がいかに演奏されるのか?」であって、わたしらの未来に描く「あるべき音楽」ではなかったわけですので、当然なことです。  
 いずれにしろ、わたしは、お客さんの入り具合や周囲の評価で自分の価値が上下するとは思ってませんし、このバンドの真価がわかる人は、かなり先端を行く感覚の人だと思うので、そう多くはないとも知っています。でもいるんだな〜、これが。

 「ケーナとギターの夢」に関しても、コピー音楽ではありません。まあ、ふたりなんで、それなりに工夫しないと演奏もできないわけで、仕方ないので編曲してるうちにオリジナリティがついてきた、、、というのがホントのとこです。わっはっは。

 正直、コピー音楽は楽なんです。ぜんぜん頭使わないから。でも、恐いですね。何も生み出してないから。ゼロから何かを生み出すのは苦しい。でも、すっごく楽しい。
 
ミュージシャンの大きな使命は
「これまで見たことも聴いたこともないような音楽を聴かせてあげること」
だと信じています。

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