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March 31, 2005

ギターの左手 3.

lesson4-3lesson4-2lesson4-1 


左手のフォームについて。

1. 指板に垂直な力のみかける。
2. 押さえるための力は、基本的に腕の重みをかけることで主にまかなう。
3. 1.が実現するために、弦の摩擦に頼らず、指内部の力のみでフォームを作る。
  弦の摩擦に頼ると、よこ方向に力が加わります

これを、よく使うCのコードフォームを例にあげて説明します。

※ 指を実際に指板に置き、弦を押さえたところ
lesson4-1(右の写真)
lesson4-2(まん中の写真)

※指をそのままギターから離します。でもフォームはかわりません。
 これは、弦の摩擦に頼らず、指内部の力のみでフォームを作っていることを示しています。
lesson4-3(左の写真)

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アルゼンチンタンゴの夢/ソロギター 4.

5/3(火・祝)さいたま市・プラザイーストでのコンサートの御案内。

 「歌とギター」について。
 タンゴに限らず、歌の伴奏はやはりギターでしょう!というのは、わたしの個人的な好み、、、ですが、これには共感してくれる人も多いと思います。

 ずいぶんたくさんの歌手の方とこれまで一緒にやってきましたが、今回は、もっとも長く活動を共にしてきた矢野祐子と演奏します。
 


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March 29, 2005

アルゼンチンタンゴの夢/ソロギター 3.

 5/3(火・祝)さいたま市プラザイーストでのコンサートのご紹介。

 タンゴにおける「クラシック、古典」という言葉について。

 どんな音楽もできた当時は現代音楽です。
 で、時代が下ると、それらもだんだん古典と呼ばれるようになるのですが、タンゴの場合、メロディと曲の構成を踏まえていれば自由に編曲してOKな音楽なので、古典化している曲でも演奏者によってさまざまなバージョンが存在します。
 例えば、1910年代の曲を2000年の35才日本人の感覚で編曲、2005年の40才の感覚で演奏というのもあっていいわけです。
 実際には、編曲も含め古典化する場合もあるので、いったいどこまでが作曲者の意図で、どこから編曲者たちの意図か、わからない場合も多いです。「曲をいじくって演奏する」のが前提だからそうなっちゃうんですよね。
 
 それがタンゴの古典の扱いです。ピアソラの作品群もすでに古典化しつつありますね。



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March 28, 2005

アルゼンチンタンゴの夢/ソロギター 2.

5/3(火・祝)さいたま市でのコンサートの御紹介。

「ソロギターでタンゴを弾く。」のコンセプト(どういうつもりで演奏しているか)について。

コンセプトは
「よいメロディの曲を、メロディの素性が生きるように編曲して演奏する。しかもギターらしく。」
です。

「よいメロディ」・・・この基準は、完全に自分の素のままの好み。
「メロディの素性が生きるように編曲して」・・・音楽の裏方としての編曲技術を生かす。
「演奏する」・・・タンゴの本質は「歌、メロディ」という前提で演奏します。アニバル・アリアスから学んだことです。もっとも、タンゴの演奏家はみんなそういう前提で演奏していると思うのですが。
「ギターらしく」・・・ギターの機能上の制約で編曲が決まる部分にギターらしさを感じる場合もあるし、制約をすりぬけてギターの意外な一面が見える編曲が成功した場合にそう感じる場合もあります。いずれにしても周到に考えて安易でない編曲をしています。

 何にも偏見を持たずに聴いていただければ、メロディのよさは伝わると思うので、それで最低限いいんですけど、演奏者が「どういうつもりで演奏しているか」を知っていると多少聴き方にも深みが加わるかなと思います。



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March 26, 2005

アルゼンチンタンゴの夢/ソロギター 1.

 5/3(火・祝)さいたま市にて、コンサートを企画しました。

今日は、その中の
「ソロギターで演奏するタンゴ」について。

 タンゴで普通の人が知っている曲と言えばラ・クンパルシータくらい。最近、ピアソラの作品も浸透してきて、リベルタンゴも一般に有名な曲になりましたが。
 もっともそれらをギター独奏で弾くというのは、さすがにあまり知られていない世界です。わたしは、ギターで弾くタンゴってかっこいいと思うのですが。

 知ってるだけで、カチョ・ティラオ、ロベルト・グレラ、ファンホ・ドミンゲス、リカルド・ドミンゲス、エステバン・モルガード、ウーゴ・ロメロ、アニバル・アリアス、ウバルド・デリオ、、、、で、たぶんもっといっぱいいる。みんな独創的な編曲でタンゴを楽しませてくれます。独創的と言ってももちろん伝統の枠内ではあります。

 わたしは、そういう人たちの影響を受けつつ、曲によってはジャズ的な解釈も混ぜつつ、日本人ならではの感受性を駆使して編んだギター独奏でタンゴを演奏します。

 ”わたしの考えるタンゴの本質”は、「メロディそのもの」です。伸縮するビートがおりこまれた歌のエッセンス。
 あと、タンゴの魅力を感じるのは編曲の自由度。タンゴ的な節まわしやら伝統をふまえないとへんてこになってしまうので、なんでもありではないのですが、編曲は創造の余地のある面白い部分です。

 ギターソロで弾かれると、シンプルな世界だけに素のままのメロディの魅力を感じることができるでしょう。
お近くの方、よかったら、是非聴きにいらしてください。



 

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March 25, 2005

ギターの左手 2.

lesson2 左手のフォームについて考えてみます。
弦が固定されるために必要な力の向きは、指板に垂直方向です。図1
弦を横にずらす向き(指板に平行な向き)の力は、”弦を固定するため”には不要です。図2

〜つづく〜

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March 24, 2005

ギターのこと 3.

 ギターのいいところはひとりでも弾けるところ。
 ソルも練習したし、すごく難しかったけどビラ=ロボスのエチュードも練習しました。なにしろ作曲の名人が作った曲はたいへん質が高いです。人生の課題としてずっと取り組んでいくのにふさわしい。
 
 勉強は別にして、自分は、自作曲あるいは自分で編曲した曲のみを人前では弾くことにしています。人と同じことするの嫌だし、新たなレパートリーを世の中に発表するのは重要だと思うので。

 もっとも「アルハンブラの思い出」なんかほんとにいい曲なので、いつの日かクラシックの名曲ばっかりのコンサートもやってみたい気もします。

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March 22, 2005

ギターのこと 2.

 高校時代にも、コードを追いながら適当にフレーズを弾けるような同級生はいたし、大学に入り上京すると、バリバリジャズを弾いてしまう人にも何人も出会うわけで、「これは、きっと、自分もやればできるのではないか?是非、やりたい。」と思うわけです。20才ころ。すぐ感化される性格。

 以来、数年間、一日8時間をめやすに練習してました。単にガムシャラな時期ではありましたが、練習とか努力とか勉強がまあまあ好きなたちなので可能だったのでしょう。

 しかし、すぐに壁にあたります。即興演奏と言ったって、実際自由になんか弾けない。秋吉敏子さんが、「ジャズで聴かせられるようになるには、何十年か努力がいる」みたいなことを言ってましたが、あんなすごい人でさえそうなんだから、こっちは、さらに地道にやるしかないです。
 
 ひとつの活路として考えたのが、譜面になっている音楽を演奏することです。ピアソラを聴いて、それがほとんど書いてある音楽だと知り、これはジャズよりかっこいい!とすぐ感化されたのが発端です。

 同じ時間を費やして練習するなら再現音楽のほうが圧倒的に効率がいいです。
 記録に残せないような水準の断片的な音を悩みながら出していることに疑問と不安を感じていたこともあり、再現音楽を念頭においたコンセプトをたて、編曲し、譜面化して「レパートリー」を作り増やしていく方向で行こう、即興演奏はその中の一部として活用しつつ上達していこうと決めました。
 編曲はすごく労力がいるけど、確実に形になっていくので、報われる労力です。
 
 やってみると、このバランス(譜面8割、即興2割くらいかな)は本当に自分には向いていたようで、ちゃんと4つのCDができました。
 悩むのも必要だけど、どこかで「こう生きる」と決めないと無為な時間が過ぎていってしまう。

 大好きなギターの上にある音は全部把握したいし、自由自在に使いこなしたい。そこに至るには、いろんな方法があるし、できるところから確実に埋めていけばいいんだと思います。 

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ギターのこと 1.

 振り返って見れば、中学1年ではじめてフォークギターを手にした時、最初の自分の先生は、同級生とか先輩だったような。
 
 お金を払って教えてもらった最初は、親しかった大学の先輩。
 ジャズ・ギターを習いはじめたというので、「いいなあ。じゃあ、習ってきたことをそのまま教えてくださいよ。レッスン料は払いますよ。」ということで、大学の空いてる教室を勝手に使い、教えてもらったのでした。
 ※当時はジャズしか興味ありませんでした

 そうこうするうちに、プロのジャズギタリストに教えていただくようになり、クラシック奏法に興味をもってからは、クラシックギターの先生に習ったりで、師事したプロの先生は5人になります。

 ギターの編曲に関しては、独学。

 アニバル・アリアス(タンゴギターの先生)などは自分の編曲でタンゴを演奏するわけですが、そういう自分の編曲で演奏していいというところにタンゴの魅力を感じたので、見よう見まねではじめたのが最初です。

 クラシックのよさは、再現音楽(譜面の音楽)なので、誰でも努力すれば、それなりに弾けるようになるところ。
 ジャズのよさは、自由な発想で演奏していいところ。でも、実際、ジャズの即興演奏で高いところに行くには資質がいると思います。プレイヤー重視の音楽だから。
 わたしのような凡人は時間をかけて、しぶとく努力するしかない。

 そういうわけで、「クラシック的再現音楽なんだけど、自由に編曲していい音楽」というところに魅力を感じ、タンゴをギターソロに編曲して演奏しています。これなら、自分の資質にもあっている。
 一方、即興演奏は、自分にとってははずせない課題。だから、飯泉バンドの編曲には、即興演奏が混ざっているし、ギターソロにも即興でないといかん、という場面があるわけです。即興でないと表現できない世界はありますからねえ。
 ここらへんの経験が、うまい具合に混ざったのが、最近やってみたボサノバのギター二重奏編曲。再現音楽だけど、かなり自由に組み立てられました。 
 
 しかし、いろいろやってみると、ジャンルは違っても音楽の構造は一緒というのにも気づいたし、そういうわけで、昔はクラシックに興味なかったけど、最近、よさがわかってきたし、ギターに出会ったおかげで、人生楽しませていただいてます。

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March 21, 2005

批評、感想や意見

 批評、感想、意見を聞く(読む)場合について。

「どれも聴き手が何か言っている」という点で共通しています。

 しかし、この3つは種類の違うものであるにもかかわらず、ゴチャマゼになって話されたり、書かれたりすることも多いので、読み手は注意が必要。注意してどうしろってもんでもないですけどね。それに、種類が違うだけで、上位下位というものでもないし。
 
演奏する側の立場として。
3つは種類の違うものなので、受け方に違いがあります。

1. 批評 的を射た正当な批評を聞きたい。
2. 感想 聴いてくれた人が何かいい気分になってくれたら、「よかった!何よりです」。そうでない場合は、「・・・残念でした」。
3. 意見 演奏コンセプトを理解した上での建設的意見は歓迎。
    
 一般の人に聴いてもらう以上は、2で成績がいいのは重要なんだけど、一方、人の気持ちや好みは状態によって左右されることを考えると、感想に振り回されるのは詮無いとも言えます。
 結局、「自分のやり方を信じて全うする。その都度必要としてくれる人のために。」というところに行くわけです。1と3は、そのための支えにするという役目。
 商売上重要な2なのに、2に振り回されないようにするというこの矛盾。
 勘ですけどね。振り回されたら演奏家としてかなりヤバイだろうという。(感想は気になるから聞いてみたい。でも振り回されないよう自制するということです。)

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感想文

 「批評」について書きましたが、今回は、「感想文」について。
 音楽を聞いたり、コンサートに出かけたりすると、何か感じたり思ったりします。こういうのを感想と言います。わたしも毎回、何かしら感想は持ちます。
 それを言語化したものが感想文。

 感想文は、批評と別の意味で難しいと思います。
同じ演奏会でも、聴いた人により感想文が180度違う表現であることがあるわけです。

1.「勢いがありスカっとした」「音が荒っぽく聴いていられなかった」
2.「非常に構成が緻密で引込まれた」「全体に丁寧でおとなしい印象」
3.「雰囲気のいいコンサートでした」「下手すぎ。」

これらは、それぞれ同じ演奏会でありうる表現です。要素として両立しますから。
それぞれ、えらく異なる印象を与えます。
感想文は、他でもない聴き手が中心だから、演奏そのものを歪めて伝えてしまうわけです。

 演奏、作品はひとつなのに「聴き手という鏡」に映すと歪んでしまう作品像。
言語化の過程での歪み(言葉選択にも意志や感情がかかわる)もあるでしょうし。

 感想は、聴き手の内面の状態で変わります。
 しかし、作品は変わらず存在し、その日の演奏はひとつしかない。

注:「批評」は、「感想」と違い、聴き手の内面の状態に左右されるべきではないです。視点、切り口により考察が変わってもいいけど。・・・と考えて「批評」と「感想」は区別してます

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ギター教室 1.

 さいたま市でギター教室やってます。
 本当に生徒さんには恵まれていて、楽しくレッスンさせていただいてます。

さて、先日レッスンの中で、技術的には結構弾ける生徒さん(テキスト2册目途中)と
「自立して楽しめる(編曲できて自在に弾ける)ようになるまでは、ここから先、どういうスケジュールでいったらいいんだろう?」
という話になったので、それについて。

 最初のテキストを1册やると、そこそこ弾けるようになってきます。問題は、その先です。
 弾くための基礎技術を「完成」させるには、10年はかかります。というか、基準を厳しくしていくと一生かかります。各界の達人は、みな基礎が大事と異口同音に言います。つまり基礎は、一生かけて磨くものです。わたしも途中です。
 
 逆に言うと、基礎ばかり考えていても現実に対処できませんので、ある程度弾ける人の場合は、全てに優先順位をつけて、並行して進んでいくべきです。

1. 基礎練習のメニューは厳選し、少なくします。
  レパートリー曲の一部を基礎練習メニュー化すれば、合理的です。
2. レパートリー曲を理解(何がおきているか分析)します。
  他人の編曲を理解するのは自分の編曲をする時の勘を養うのに必要です。
  頭で理解できる範囲の理論は早めに覚えてしまいましょう。
3. やりたい曲の編曲もどんどんやってみます。最初は下手でもいいんです。
4. 核になるテキスト(クラシック)は、好きなことだけやっていては片寄りがちな、思いがけない技術が修得できるので、少しづつ進めていきます。後に運指や編曲のアイデアの源泉として生きてきます。

「3年計画で行けますか?」
という質問でしたので、
「3年あったら、かなり全体が見えるところまで行くと思いますよ」
と答えました。

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March 20, 2005

批評する 3.

 実際に、コンサート評、CD評を「不特定多数向けに書く時(webも含む)」は、読む人に誤解を与えないよう慎重に言葉を選ぶ。
 例えば「否定的な言葉」が伝えるのは「意義がない」という印象だけだし、「感情的に絶賛してる言葉」が伝えるのは、「文化的な意義」ではなく「聴き手が高揚したさま」だ。

 わたしの場合、「批評に近い感想文」という形態にすることが多い。読みやすさを考慮する意図もあるが、正直、「批評」というレベルはそう簡単に実現できない高みなので、「文化的意義を汲み取ろうとする感想文」という段階にとどめているのが実情だ。

 心がまえとして、必ず作者のねらいや特徴を受け入れるところからスタートする。
 自分にも「好み」というものがあるが、批評においてそれが有効に機能するのは、「視点の設定と切り方の向き」くらい。感情の吐露になると、自分が主役の感想文になってしまう。
 それでは本末転倒。批評は、作品の文化的意義を伝えるのが、第一の目的なのだ。

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批評する 2.

「批評の主役は批評者ではなく、作品、あるいは作者、演奏者」
ということも言える。

 例えば、「批評者の主義・主張を展開する目的で批評という形態を使う」のは、「批評とは作品に文化的意義のある位置づけを与えること」という主旨に反する。
 主義・主張を展開したいのなら、他人の労作をだしに使ったエセ批評の形態でするのではなく、自分自身の作品なり論文なりを発表するのが王道。わたしであれば、自分のコンセプトのCDを発表すればよいことだ。

 「批評」で浮き彫りにすべきなのは、「作品の文化的意義」。そのために「批評者ならではの視点、切り口」が必要だとは思う。これは、”批評者の主義・主張”と関連性はあるが、用いる目的が180度違う。

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March 19, 2005

批評する 1.

 自分もお客さんとしてコンサートやCDを見たり、聴いたりすることがある。
そんな中で、コンサート評やCD評を依頼されて書くことがある。

 批評とは何だろうか?あらさがししてコキおろすことなんだろうか?単純に思ったこと感じたことを述べることなのだろうか?
 どちらも、違うという気がする。

 結論を言うと、批評者の視点から「演奏や作品に、文化的意義のある位置付けを与える」のが批評だろうと思う。この際、どんなものであれ、必ず、「演奏した。作品を残した。」という事実に対しては、敬意を払わないといけない(作品を残すのがどんなに大変なことかわたしは知っている)。

 自分は、あらさがしするのが実は得意な、かなり嫌な人間なので、ファンホやパコのような達人相手でも、あらさがしやあげ足とりはできる。でも、それが文化的に意義のあることとは思えない。なぜなら、人間のすることには表裏一体の部分があり、短所に思えることが、彼の音楽全体の重要な要素であったりするからだ。
 「いいところを見つけて評価する」という方向から考えたほうが、文化的意義は見つけやすい。

 また、単純に思ったことを述べるのは、批評じゃなくて「感想」。聴く自分には自分の人生という背景があり、演奏者には演奏者の背景、また、コンセプトや哲学もある。最低限、そのギャップを埋める努力、理解をする努力をしてからでないと、文化的意義なんて見えるはずもない。
  
 何かを批評するのは、しんどい。
「演奏者がどういう出自の人で、どういうコンセプトでその音楽を作っていて、目指しているものは何で、どのくらいそれを達成できていると見るか。」
 敬意を払いつつ足りない自分を自覚しつつ、書くしかない。
 
 

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March 18, 2005

左右のシンクロ 6.

lesson1

左右のシンクロの実例です。

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理念

 音楽に携わるものとして、
「何のために音楽をやっているのか」
という自分の理念を明らかにしておきたいと思います。

「人の役にたち、平和を作る」
です。
 
 人間の営みって、まともならどれもここに行き着くとしか思えないんですね。
 ふとん干したり、ごはんたいたり、掃除したり、笑顔で挨拶したり、野菜売ったり、買い物したり、機械の設計したり、家建てたり、そうした日常の行為が、平和を作る大事な要素になっているわけです。
 音楽もその一種です。
 自分も平和を作るひとりでありたいです。

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左右のシンクロ 5.

 右手は、音を出すだけでなく「消す」役目をすることもあります。
「休符を演奏する」場合です。

1. 左手の押弦は持続。
2. 振動している弦上に右手(の一部)を乗せて消音する。

※ 2.の動作は、「左右のシンクロ 4.」で復習した、次の音を弾く「準備」を兼ねる可能性もあります。

〜つづく〜

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March 17, 2005

左右のシンクロ 4.

 音を出すのは右手の役目です。
ここで音が出る時のメカニズムを復習します。

1. 弦上に右手指を乗せる
2. しならせる
3. リリースする

3の瞬間、音が出るわけですが、1と2の作業は、弾くための「準備」に相当しますので、他の音に影響がない限り、3以前のどのタイミングですませても、いいわけです。

「弦上に右手指を乗せてから0.1秒後にしならせ、さらに0.4秒後にリリースし音を出す。」
「弦上に右手指を乗せてから1分後にしならせ、さらに5分後にリリースし音を出す。」
どちらも可能性としてはあります。

「他の音に影響がない限り、音を出す準備(1と2)は、どのタイミングでしてもよい」

〜つづく〜

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March 16, 2005

左右のシンクロ 3.

前回の話は、
 「左手の指は、右手が弾く直前には、すでに弦を押さえていなければいけない」
でした。

 ここで、別の見方をすると、弦を押さえるタイミングは、1点ではなく、時間の幅があることがわかります。リズムには、どうせ関係ないのだから、弾く0.5秒前に押えようが、5秒前だろうが、その他の音に影響がない限り同じことなわけです。
 「左手の押弦は、右手で弾く直前でもよいし、もっとずっと前でもよい。(他の音に影響がない限り)」

〜つづく〜

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左右のシンクロ 2.

 左右のシンクロについて、考えなくていい場合があります。

1. 開放弦を弾く場合。・・・右手だけしか使いません。
2. リガード・・・左手しか使いません。

 他にもタッピングとかライトハンド奏法とかありますが、そのあたりは、リガードのバリエーションと考えてよいでしょう。

 これら以外は、左右のシンクロがあってはじめて音が出ます。

 左手は、出すべき音の「ポジションを決める役目」で、リズム、ビートには無関係です。
「リズム、ビートは右手で弾くことにより決定」されます。
 つまり、左手は、リズムにあわせて動くわけではありません。右手が音(リズム)を出すより以前にすでに押さえて待っていないといけないのです。

〜つづく〜

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左右のシンクロ 1.

 ギターは両手を使って弾きますが左右には異なる役割があります。

 基本的に、
1. 左手は、弦のしかるべき位置を押さえる役割。
2. 右手は、弾くべき弦を弾く役割。
この両手のシンクロがうまくいってはじめて、音が出るわけです。

 左手を押さえる、右手が弾く。左手を離す、右手が弾く。
必ず(左→右)の順番です。
 どんなに速く弾こうが、この順番が変わることはありません。
 
〜つづく〜

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March 14, 2005

7弦ギター・トリオ 2.

trio 明日、3/15(火)市川・りぶるでのライブに向けての前説。

演奏する曲:

トレイン332・・・列車が疾走する姿を332のバリエーションによって描写。即興の場面を織り込んでありますが、主題のポリリズム処理が密かな聴きどころ。あっという間ですけど。

約束・・・もともとソンの練習曲として作ったものですが、メロディがなかなかよろしいので、プログラムに入るようになった曲です。自由自在な感じですが、曲の構造によりちゃんと方向づけされているという、ある意味、飯泉バンドの目指すスタイルの典型。

夢のあと・・・新曲。このグループがもっとも得意とするスタイルの曲。お互いが同時進行で即興演奏をすすめていきます。メロディが唯一の核。

ゆめ・・・もはや名曲か!なんちゃって。この曲気に入ってるんですよ。何度やってもうまくいく大事なレパートリーであることは確かです。スイングするし。

赤いピーマン・・・ピアソラ・スタイルのタンゴ。パクったわけじゃないんだけど、随所にピアソラみたいな、でもちょっと違うという場面が登場します。

青いミロンガ・・・アレンジがすごくうまくいった曲で、疑う余地のない重要レパートリー。不思議なのは、ライブで演奏してもあまり大きな反響がないんだよなあ。なんでだろお?いい曲なのに。

ラ・プエルタ・アビエルタ・・・陽気なハバネラ。でも馬鹿っぽくないのは、どこか丁寧な感じっていうかよい子な感じがあるからだと思います。これは、毎回、すこぶる好評。演奏の内容も毎回尻上がりに向上しています。

旅に出たおまえ・・・シンプルで日本人らしい歌謡曲みたいなメロディですが、それだけにね。しみじみといい感じ。

アンタレス・・・どこまでグングンいけるか?もう壊れてしまえ〜。

緑のミロンガ・・・こういうイメージの曲ってジャズにはないような気がする。しかもミロンガだというのに、タンゴにもないタイプの曲。ちょっとしめった暗めな色の感じ。黒じゃなくて、濃紺とか深緑ね。

沈黙・・・集団即興で表現。ノイズ〜美音まで。グチャグチャになってもインビートは堅持っていうところが、わたしのこだわり。

6月のボレロ・・・日本の雨の情景を描写しました。梅雨もいいもんじゃない?っていう気分。


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ナイロン弦

ej45 クラシック・ギターの弦は、昔はガット弦(ひつじの腸)でしたが、ナイロン弦が発明されて以来、これが主流になりました。
 ナイロン弦は、最近では1セット600〜700円くらいで購入できます。安くなりましたね。たくさん作って生産設備の減価償却が済んだんでしょうか?

 さて、よくある質問は、「どのくらいの期間で交換したらいいの?」

 わたしの場合、「へたったら交換する」「軸になる演奏会の前に交換する」の組み合わせで適当に交換してます。平均すると2〜3週間に一回かな。演奏頻度が高くなってくると週3回交換するような時もあります。

 ナイロン弦は、チューニングが安定するまで時間がかかると言われています。実際、伸びしろが大きいため、そういう傾向はあります。
 しかし、張ってから1週間も安定しないというわけではありません。上手に張ると、 数時間後には安定させることができます。

 安定させるためには「遊びを徹底してとる」「弦を伸ばしきる」必要があります。

具体的には、
1. 糸巻き側に巻き付ける長さは、できるだけ短く(たくさん巻くと遊びが多くなります)。
2. 張る時に、ククっと引っ張って遊びをとる(力まかせに引っ張ると楽器が壊れます。注意!)。
3. 張った後は、全音くらい高いチューニングにして、しばらく放置。

数時間後には、
「1曲ごとにチューニングを直しながら演奏をすすめて行けば、気持ちよく聴いていただける。」
くらいの安定は得られます。

ちなみに、わたしが使っている弦は、ダダリオ プロアルテ ノーマルテンション(EJ-45)です。
理由は、「チューニングがよくあう」「弦自体の音色がニュートラル」「長もちする」「値段が安い」

 ハードテンションも何度か試してみましたが、わたしの楽器(ベルナベ)は弦長が660mmあるせいか、張りがきつくなりすぎて、つらいので、ノーマルテンションに落ち着きました。
 技術がついてきたら、またハードテンションに挑戦してみようと思います。音は、こちらのほうが大きいんですよね。

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March 13, 2005

7弦ギター・トリオ 1.

7st-2trio 3/15(火)市川・りぶるでのライブ『7弦ギター・トリオ メランコリック!』の御案内。

 7弦ギター・トリオの編成は、「7弦ギター&エレクトリック・ギター&ドラムス」。

「ギター&ベース&ドラムス」というのが、ノーマルなジャズ系ギタートリオですが、このバンドは、「ギターアレンジの可能性」「ギターアンサンブルの可能性」を追求するというテーマを持って活動していますので、ベースの替わりに7弦ギターを配置した編成になってます。

 7弦ギターが低音を出すという点、2種類の音色のギターのハーモニーと旋律線のからみあい、ドラムスのポリリズミックな演奏で、3人とは思えない重厚で独特の雰囲気のサウンドが特徴です。
 根本がジャズアンサンブルなので、プレイヤーの個性を前面にだした即興的な演奏もありますが、曲によっては、全部の音を緻密に組み立てたアレンジのクラシック的な演奏もあります。

 方向としては、ピアソラの姿勢に学んだ、「メロディ、演奏、編曲が高い次元で一体になった音楽」を目指しています。ですので、全曲オリジナル作品です。

 各楽器の役割は以下のとおり。

○7弦ギター
 ベースラインを弾きながら、旋律を弾いたり、リズムパターンを弾く役割が主なので、クラシック奏法。
 7弦ギターは、普通のギター(6弦)のネックを太くして、低音用の弦を1本追加したギターです。実用になる音域としては、チェロより少し低いBまで出ます。

○エレクトリックギター
 単旋律〜リズムと、各場面において役割を一種類に限定するのが向いている楽器なのでピック弾き。ギブソンのフルアコです。太くて甘美なトーン。

○ドラムス
 いろんなパーカッションを同時に扱えるような仕組みになっている楽器です。単にリズムパターンを出す楽器ではありません。メロディックな奏法も可能だし、ひとりで同時に3〜4役までこなせる楽器なのです。

 小さいお店での親近感あふれる演奏会です。
どうぞ、お気軽に御来場ください。
ライブ詳細

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March 11, 2005

ケーナとギターの夢 5.

3-11-2005-113-11-2005-223-11-2005-213/11(金)のコンサートの御報告。

 わたしが会場の中野教会(東中野)でコンサートをやるのは6回め(これまでの企画は、タンゴバンド、ギター二重奏、cross21、ギターソロ、浜田隆史さんとのジョイント)。

 中野教会の礼拝堂は、昨年、音響改善の工事が行われ、響きが豊かになりました。それまでは、生音では音圧が不足気味で、PA(音響機器)を使ってコンサートをしていましたが、今回は、音響がよくなったので、『完全生音 アコースティック!』で。
 客席後方ですと、ギターがバランス的にやや弱い感じになりそうだったので、お客さまには、なるべく前のほうに座っていただき、明るめの空間で、ありのままの音を聴いていただきました。 
 
 やっぱり、生音でできてよかった〜。自然な響きでした。音響改善成功してる!

 高橋さんのケーナ、サンポーニャ、フルートは、旋律を吹くことが多いわけですが、実にきれいに朗々と鳴っていたし、リズムを刻む場面が多いギターも多すぎない残響のおかげで、ちょうどいい感じのバランス。

 また、聴いてくださるみなさまのおかげで、いつものように、たいへん暖かい雰囲気のコンサートになりました。ありがとうございました。

 次回の『ケーナとギターの夢』は、まだ決まってませんが、さらに充実の演目と編曲、演奏でお聴きいただけるよう練りあげていきたいと思います。

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ギターの左手 1.

 はた目には、指と手の平の間で挟んで押さえているように見える左手。
 あんなに太いネックを挟むのだから、握力がないといけないんだろうなあ、とか、弦は細いんだし、意外と握力はいらないのかな、とかいろいろ想像できますね。

 しかし、実際には、挟んで押さえてはいないので、すごい握力を要求されることはないです。

 クラシック・ギターの場合は、ギターの指板にぶらさがるイメージで左手の重みを利用して弦を固定するのが基本。だから、腕の重みを指板にかけやすくするため、指は曲げて、立てておきます。

 つまり、左手の基本ポイントは、「指を曲げて、立てたフォームを作る」という点です。

 さらに、指板上のポジションとして、ひとさし指から小指の4本で4フレット分をカバーするのが基本なので、4フレット分、広げた形をいつでも作れるように練習します。

 誰しも最初難しく感じるのは、「指を曲げて、かつ、横に4フレット分広げる」という形です。
 曲げずに広げるのは簡単。広げずに曲げるのも簡単。・・・でもこれらを両立するとなると、それなりに練習がいりますね。
 
さて、
「手が大きいほうがギターを弾くのに向いているのかな?」
という疑問をたまに耳にします。
 全く広げなくても4フレット分カバーできるほど大きい手なら「横に広げなくてよい」という点のみを考えると確かに楽かもしれませんね。
 しかし、小さくて非力な小学生が大人用のギターをバリバリ弾いている光景は、今や、そんなに珍しいものではないですし、わたし自身も手は小さいです。つまり、上手に左手を使う人は、手が大きいから上手なのではなく、フォームがしっかりしているから上手ってことなんですね〜。
 それと、とても重要な点ですが、ギターは、左手を横に広げるだけでなく、指板上に指を立体的に配置する楽器です。もっとも重要なのは、指の曲げ方、ひろげ方を自在に設定できる柔軟性。「持って生まれた手の大きさ」に関係するのは、ごくごく限られた局面だけです。

 ですので、正解は、
 「弦を押さえるのに必要なのは、手の大きさではなく、フォーム。」

 重みで弦を固定するため、「手の重さ」は関係ありますが、「曲げて立てる、横に広げる」というフォームがいつでも完璧にできれば、手の重さも気にしなくてよくなります。弦を固定するのには、実はそれほどの重みは必要ないからです。 
 
 練習の方法ですが、「曲げて立てる、横に広げる」のは、いきなりは難しいと思います。だから、「まずは、しっかり曲げて立てて」押さえるようにしましょう。それから、じょじょに広げる方向でこころがけていくとよいと思います。

 なお、スティール弦のギターを弾く人では、コードを押さえるとき、親指を6弦側から表に出して、握りこむ形で弦を固定する人もいますが、これも、よく見ると親指を曲げて、その他の指は立てています。肝心な点は、効率よく弦を固定するフォームだとわかります。

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March 09, 2005

 プレイヤー個人の演奏にも型、スタイルはある。アンサンブルのコンセプトと同じように、目指すところにより演奏のありようが変わる。

 ジャズだったら、「お、パット・マルティーノみたいな演奏だなあ。」「パット・マルティーノ本人だろ?それ。」とか「うわ〜、メセニーそっくり、でも偽物だねこれ。」とか「お。コルトレーン。」「お。ロリンズ。」「やっぱり、ビル・エバンスはいいの〜。」なんて話になるのは、型があるからだ。

 タンゴだったら、「ファンホは、3音同時トレモロ使いまくるなあ」とか、「これは、ピアソラっぽいけど、完成度の低いコピープレイヤーだな」とかいう話が聞こえてくるのも、基準になる型があるからだ。

 自分の型、スタイルを作るというのは重要なことなのだと思う。名人には型があるのだ。

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ルールと歩み寄り

 演奏上の「ルール、共通理解」はアンサンブルにおいては重要だ。なぜなら、アンサンブルの魅力の中心は演奏者同士の共感にあるからだ。共感がなくても音は出せるが、空しい。(名人同士のジャムセッションとか、面白くもなんともないやつ多いでしょ?)

 「ルール、共通理解」はコンセプトに基づいて決まる。コンセプトとは「こういう音楽をやります」という方針のことだ。
 コンセプトの大もとをたどると、演奏哲学にいきつく。哲学の本質は「嗜好」「興味」、場合によっては「使命感」かもしれない。

 だから歩んできたジャンルの違う演奏家との共演は、お互いにそれなりの苦労がある。一方が「これはよいと思う」というのが他方では「うそ〜、そんなのよくないじゃあん?」となる場合があるからだ。
 ここで、是非、必要なのが、ルールの設定。「これはよいものとみなしましょう」「歩みよれる方法を考えましょう」という感じで、共通理解をひねり出し、妥協点を見つける。妥協するのは悪いことではない。歩み寄るという努力が共感を生むことはあることだし、それこそが、音楽の作り出す平和な素晴らしい部分なのだ。

 そういうわけで、演奏を聴く時は、各アンサンブルの裏の心の交流を想像しながら聴くと面白さ倍増ですよ!

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March 08, 2005

ケーナとギターの夢 4.

 今週3/11(金)のコンサートについて。

 ケーナの高橋さんとは、お互いアウラ音楽院で講師をしているというのが縁で知り合いました。
 南米系の音楽をやっているということで共通点もありそうだし、たまたま自宅が近所ということもあり、一緒にあわせてみようということになったのが、3年前のことです。

 デビューコンサートになるはずだった企画がポシャってしまったり、なかなか演奏の場を見つけることもできずにいたのですが、2003年3月1日(土)国分寺・クラスタでライブデビューを果たしました。
 以来、新宿・エルパティオ(昨年12月閉店)や、さまざまな小規模コンサートを重ね、着実に魅力的なレパートリーを増やして今日に至ります。

 多いときは100人以上のお客さまに聴いていただきましたが、お客さんが2人!しかいないときも2回ほどありました。客席の埋まり具合とは無関係に、聴いてくださる方には喜んでいただけるよう全力を尽くしてきました。

 さて、コンサートは今週の金曜日です。
 みんなで楽しく盛り上がりましょう!疲れてる方も是非、いらしてください。きっといい気分で帰れます。

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March 07, 2005

音楽と学問 技能と知識

 音楽とスポーツの共通点は、「知識だけでは何もできない」という点だろう。
「身体を使ってする」ことだから、練習しないと上手にできるようにならないのだ。くり返し練習して、やっと音が出せるようになる。相手の投げたボールを打ち返せるようになる。
 
 しかし、「知識だけでできる分野」ってあるんだろうか?とふと考えてみた。
 学問かな。身体そのものを使って修得するわけではないから、学問の分野はそうかもしれない。

・・・しかし、まてよ。

 学問で活躍する脳は身体の一部だし、取材や調査、実験をとおして肌で何かを感じて研究していくという面もあるので、やはり学問も究極的には、音楽やスポーツと同じ技能の世界になるような気がする。

 「世の中、これが常識っていうけど、本当はこうなんじゃないの?」
っていう仮説をつくり、それを検証していく過程は、知識だけでなくて、培われた勘がものをいいそうだ。

 「知識を基礎に、練習し修得し、勘をつちかい、あらたな地平をきりひらく」
というのは、真剣勝負の世界には共通していることなのかもしれない。
 

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ミスの原因

 実際に、何か楽器を演奏している人はわかると思うけど、演奏のミスというのはあるものです。
 ミスすると、「ああ、やってしもた・・・」と気にやんでしまうのが、普通の人間でしょう。

 でも、気にやむ必要は本当はないです。人間は、高いハードルを超えようとする時、ミスします。だから、その解決法を考えること自体、本来、ワクワクする楽しいことなわけです。
 それに、生身の人間がする音楽は、ハプニングの連続ですので、ミスがあるのは自然なことです。
 「人それぞれにハードルがあり、それを超えるべく努力する姿がある。」
 ううむ。美しい!ミスも人生には欠かせない重要なできごとなのです。

 さて、今日は、「ミスを解決する(ハードルを超える)方法」について。
まず、普段の練習の中で「ミスの原因」を把握することが必要です。

 再現音楽だと、ハッキリ「げろろん、間違っちゃった〜」というのが自覚しやすいので、話は早いです。
 少なくとも、「この箇所をこういう風に失敗した」というのは把握できるでしょう。
 そこで、まちがった理由を、「練習不足でした」という言葉に帰結させてしまうと、たぶん、また同じ傾向の失敗をします。それは、たいがい、単に「気にやんでます」という気分の表明にすぎないわけで。
 練習方法(手順とか)が間違っているのかもしれないし、音楽そのもの(編曲とか)に問題がある可能性もあるし。気分に左右されず冷徹にチェックしてみましょう。

 即興演奏は、「なんでもあり。個性が大事。」なんて安易な考えに流されやすいので、もっと強力なチェックが必要。「コントロールされてない、なんでもあり」は不自由そのもので、それこそが即興演奏におけるミスなのです。
 チェックの方法は、「いま弾いた即興演奏をもう一度再現できるか?」ということにつきます。「演奏する意志」に「客観性のある基準」を設けるなら、これ以外に手はないと思います。再現できない場合は、どこに原因があるのか考えてみましょう。
 この考えの根本には、「意志を徹底させる過程で培った勘に基づいて弾くのが即興演奏でしょう。」というのがあります。

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March 06, 2005

トレモロ

 クラシックギターの技で、トレモロというのがあります。憧れる人も多いでしょう。ターレガの作った「アルハンブラの思い出」が有名ですね。

このトレモロというのは、
1. 手順はpamiのくり返し
2. amiは、同じ弦を弾く。
というのが、特徴。

 これを上手に弾くためには、どういう練習をしたらいいかを考えてみました。
「pamiのくり返しというのは、ギター音楽では、アルペジオでよく使うパターンであるので、トレモロは、動き的にはアルペジオパターンの変化形である。だから、アルペジオパターンをだんだん変化させていけば、トレモロが弾ける」
というのは、自分が昔教わったクラシックギターの先生の意見。
 しかし、自分には違和感があるんですよ。違和感の原因は、主に指先の感触と手のフォーム。アルペジオパターンとトレモロパターンは、バリエーションの範疇ではなく、別物としか思えないのです。(出てくる音の意味がまるで違うわけだし。)

 そこで、別の仮説。
「トレモロ奏法はメロディ弾きの延長にある」

 音楽的に見ると
1. amiは同一弦でメロディを弾く
2.  pは、伴奏のアルペジオを弾く
という分担であるので、この仮説は合理的な気がします。

これを検証すべく、

ア「amiは、同一弦でメロディを弾く指として訓練する。」
イ「amiは、pの位置に左右されない独立した位置を保てるように訓練する」
ウ「pは、amiが同一弦上を弾くのに対し、異なる弦を往復することになるので、弦によって当たる角度が変わる。これで音質を均一に保てるように訓練する」

に取りくんでみました。

具体的には、以下の方法。

ア. p指を2弦上に固定し、amiを同じ強さ一定間隔のリズムでくり返し弾く。同一弦上をamiが弾くタッチを覚える。続けてp指を3弦、amiは2弦というように、順次パターンを練習する。(ima基本の確立 2. 参照) 
 これが、しっかり弾けるのを確認できたら、こんどは、pも弾くようにする(←トレモロのパターンpamiで弾く。)
イ.ウ amiは1弦を弾く。pは2〜6弦を順に弾く。(←トレモロのパターンpamiで弾く。)

 これを地道に続けていたら、わたしの場合、楽に正確に弾けるようになりました。だから、この仮説は、正しいと思うんだけどなあ。
 まだ、速くは弾けないんだけど、楽で正確というのが達成できていれば、速くするのは時間の問題です。

 ぜひ試してみてください!

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March 05, 2005

スペイン語 1.

 さいたま市にお住まいのみなさん。
 スペイン語を一緒に勉強しませんか!なんと言っても中南米諸国はブラジルを除き全部スペイン語です。これができると南米の旅行も楽ちんです。外国語を学ぶってだけでも楽しいですよ。
 わたしは、上級というには恥ずかしい実力ではありますが、なりゆきで上級クラスです。5年もやってりゃ初級とは言えないしね。
 習っている感触としては、文法があやしげでもスペイン語の経験がある方なら上級で大丈夫。適宜文法の復習をしながらやってますので。
 はじめての人は、初級から入門していただければ、数年で聞いて話せるレベルまで到達できます。
 生徒さんは、みんな親切でいい人ばかりで楽しいです。 

○日時 毎週 月曜日のお昼すぎから 
○場所 さいたま市緑区・原山公民館
○先生 ソニア中村さん(コロンビア出身、とても楽しくわかりやすい授業です)
○クラス 初級(文法を勉強中)1時間授業
     上級(文法の復習と実践的会話と文章の読解)1時間30分授業
○授業料 生徒の頭わりなので安いです。
    上級クラスで月3000円〜4000円と見ておいてください。
    初級は生徒が多いのでもっと安いです。
○連絡先 いいずみ(電話048-885-4139 またはメール下さい)

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語学と音楽

 大人になってから語学(外国語)を学びはじめても、コミュニケーションできるレベルに到達することは十分可能だ。

 語学でもっとも大事なのは、「話の内容」や「コミュニケーションによって得られる何か」であって、「上手に発音したり流暢に話すことそのもの」ではない。
 語学の技術(発音とか語彙、文法)は、そのための基礎として、それなりに修得する必要があるわけだが。

 音楽も同じ。

 しかし、われわれの母語である日本語だって、何にも話すべきことがないと話ができないのと同様に、音楽も伝えたいものがないと演奏できない。演奏しても伝わらない。
 大人になってから覚えたスペイン語だって、相手に伝えなきゃいけないことがあれば、文法がグチャグチャであろうと必死で伝えようとするだろう。そうこうするうちに、後づけの語学であっても、それなりに使えるようになってくる。
 「あいつ時々文法が変だけど、いいこと言うよな〜」というように。
 
 語学も音楽も基礎になるのは、「記憶」だ。「あ、それ経験がある!」というのの積み重ねで未知との遭遇の時にも「勘」が働くようになり、出口が見つけやすくなってくる。
 記憶には、人により得意不得意な部分があると思う。音楽の場合、大きくわけて、「音感、リズム感、知識、楽器の技巧」があるが、できるところから埋めていくのがよいと思う。
 最終的には、実は意外なほど身につくものだ。それが、たとえいびつなバランスのものであったとしても、大事なことは伝えられるようにきっとなる。

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March 04, 2005

楽典的知識

 ジャズ理論なんて言われるものも、この範疇。
 これが音楽のメインになることはあり得ないですが、創造の手だすけには、かなりなります。特に、わたしらのように大人になってから音楽をはじめた人は、演奏技術、知識、音感の3つの中では、もっとも先に覚えやすいものです。
 音楽をやるというのは、自分の肉体や感覚を音楽向けに訓練していく過程の連続です。
 いきなり名人になれるわけではありませんが、できるところから順に身につけていくのも楽しいものです。
 

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ギタリストのリズム感

 リズム感・・・これも技術です。
「一定の間隔で音を鳴らす技術」ではなく、
「音が鳴るタイミングに意味をもたせる技術」。

 「意味のあるリズム」は「ビート」と言い換えてもよいです。ビートとは、音楽の基本のうねり。
 ビートは「呼吸と関係がある」とする説もありますが、わたしは、「ビートは呼吸とは無関係にコントロールすべき。ビートコントロールの結果として、呼吸も影響はされるけど・・」という立場をとっています。(この仮説は日々検証中。)
 管楽器奏者や歌手だと、呼吸が直接的に音に関係してくるので、ビート・コントロールも、呼吸法と密接に関係してくるとは思います。(歌手では、峰万里恵さんが完璧にコントロールする。)

 熟練した奏者は、音が鳴っていない箇所で、ビートを感じさせるような演奏ができます。一流のジャズマンは、みんなそう。1音でスイングするジム・ホールは、音を出す前からビート感をもってそこに存在しているから、そんなことができるのです。

 ピンとこない人は、メトロノームを使い、あの機械の一定テンポの中に、ブランコのゆれのようなビートを想定してみましょう。音が鳴っていない部分に揺れを想像すると、機械の無機的な音が心地よいビートに聞こえてくるはずです。 
 ・・・ビートは演奏者が想像し、創造するものなのです。

 あと、うねるビートの表現が巧いプレイヤーの特徴として、「足でテンポをとらない」というのがあります。演奏のうねりから結果として体が動くのは自然なことですが、演奏すべき音のタイミングを不完全な足の動きにたよって測っていては、コントロールできるはずもないわけです。小節線またいで大きくゆらぎまくるフレーズも、自在にコントロールできたらいいですね!

 テンポがつかみにくい場合は、自分のテンポ感はあてにせず、まずはメトロノームを使って練習するのが合理的です。

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ギターを弾く指(つけ爪)

tume 当初、ピックでギターを弾いていた自分は、10年前にクラシックギター奏法に完全移行した。目指す実用に耐えるよう改良しつつ今日に至る。

 さて、今日は、爪の話。

 なんでかというと、ギターは爪をのばして弾くからだ。爪が弦に触れると適度なアタックが得られる。なので、理想の爪の長さ、形はどうあるべきか?っていうのは、ギタリストはそれぞれ考えていることだ。
 わたしは、極力短くしておくのが好みだが、すごく長くしておく人も中にはいる。

 爪の主な存在理由はアタックのためだ。

 しかし、爪は日常生活の中でうっかり割ってしまうことがある。例えば、車のドアに手をかけた時に割る。台所であちこち手を伸ばしていてうっかり割る。そういえば、昔、子供のオムツを洗っていて割ったこともあったな。

 2001年にソロギターの活動をはじめることにした時、こういう不安は解消しておきたかった。

 おりしもネイルアートブーム(笑)。つけ爪が安価に手に入る時期だった。
 「演奏の時だけつけ爪をつけるっていうのが可能なら合理的だろう」ということで早速ためしてみたら、これが非常に具合がよい。ハードなピッキングでも爪がまけないので、おもったとおり躊躇せずいける。
 日常の中で爪を割る不安がなくなったというのが一番だが、この「躊躇せず演奏できる」というのは、非常に大きい収穫だった。割ったらやだな〜、なんておそるおそる弾くなんてつまらないからね。

 カルロス・フローレスさんが日本にきた時、バンドのチャランゴ奏者のお兄さんがつけ爪(ダイソーとかで売ってそうな青い色のえぐいやつ)をつけていた。これが、記憶の片隅にあり、ヒントになった。

 自分が使っているつけ爪の材質は、本物の爪より、粘性があるせいか、アタックの音質も柔らかい。色も白でえぐくない。
 野球でいうとバッティング・グローブをつけて打撃をするようなものかなあ。

 指先の記憶というのはタッチに直結しているので、厳密には、つけ爪なんかつかわないほうがいいと思う。しかし、責任のある仕事を全うしていくためには、全体的にましな方向にするのは必要なことだ。

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ギタリストの音感

 楽器を弾く上で、音感は非常に大事だ。

音感は、われわれ一般人も、訓練次第で、確度の高いものが身につく。
 絶対音感と呼ばれる「音高をナンバリングする能力」は、大人になってからで身につかない。が、これは、なくてもギターの場合、実用上差し支えない。
 調性感覚と音程感覚の精度を高めていけば、聴いたメロディを楽器を使わずに採譜することもできるようになるし(調がわからない場合は、とりあえずハ長調で書けばよい)、思い付いたメロディを譜面に書きとめることもできるようになる。時間はかかるけど。
 楽器をいじくっていると、それなりに調性感覚と音程感覚はついてくるものだが、精度を高めるためには、やっぱり訓練がいる。
 すぐにはじめられる、どこでもできる訓練方法は、簡単なメロディ(転調しないやつ)を階名で歌うことだ。ソドシドレドレミミファミラとかね。楽器を使わず、音を歌って階名を推測していくとよいです。
 
  

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March 02, 2005

ケーナとギターの夢 3.

 来週金曜日のコンサート。
今日は、ケーナとギターのレパートリーの御紹介。

わが愛のミロンガ
気ままな悪魔
コンドルは飛んでいく
トードス・ブエルベン
カフェ1930、ナイトクラブ1960(タンゴの歴史)
オブリビオン

他にも数曲あるけど、今回演奏するのはこのあたりです。
高橋さんのメイン楽器ですから、超絶技巧が聴けます。
アンサンブル的にも、ケーナとギターの組み合わせはぐんぐんドライブします。
グルーブ感が強烈。気持ちいいですね。

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March 01, 2005

ギターを弾く指 7.

「タッチのコントロールをして目的の音質、音量を出そう。」
という話題から基本の訓練方法までを紹介してきましたが、実は、「ギターを弾く指」には、もうひとつ重要な目的があります。

 それは、「リズムの表現」です。フレージングとも言います。
「音質、音量」は、弾く指の一回ごとの動きに注目した見方ですが、それが時系列につらなると、「リズム」を生み出します。

 自在に指を動かせる状態にないと、不本意ながらリズムがもたったりします。

 頭では、「こういうフレージングをしたい!」と思っているのに体が思うように動かないのは、残念です。せっかくいい感じの音色で弾けても、リズムが不自由ではいけません。

「完璧なリズムの表現」ができる指の動き。
「自在な音質コントロール」のできるタッチ。

 いずれにしろ、基本姿勢はリラックスした状態です。

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ima基本の確立 2.

 「imのくり返しで同じ弦を弾く、pはとなりの弦上に乗せる」
という型と動作は、リラックスした状態から弾きやすい上、メロディを弾くのに有効で、わたし自身が使っている方法なので、これをまず訓練することにしました。
 次に、
「amiのくり返しで同じ弦を弾く、pはとなり弦上に乗せる」
を訓練します。

1弦をamiaで弾きます。音が4回でます。
2弦をmiamで弾きます。音が4回でます。
3弦をiamiで弾きます。音が4回でます。
このパターンのくり返しで1弦〜6弦〜1弦を弾きます。何度も。

最初は、imのくり返しだけで弾くよりは窮屈に感じますが、aのタッチを覚えるのには有効な方法です。くり返し弾いていると窮屈さは感じなくなってきます。

ここでは、「p指の位置は固定して、imaで同じ弦を弾く」という型を基本姿勢とみなしています。

以上が「imaの基本を確立」するための訓練方法です。シンプルでしょ?

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ima基本の確立 1.

 リラックスした状態から弾きはじめる訓練。
 すべて開放弦。左手は使いません。

pは、2弦上におき、imまたはmiのくり返しで、1弦を弾きます。
4回音を出したら弾いたら、同じリラックスした形のまま、
pは、3弦上におき、imまたはmiのくり返しで、2弦を弾きます。
1〜6弦で以上の動きをくり返します。pは、常に1つ隣の弦上に乗ります。
6弦を弾く時は、pは、7弦めがあると仮定してボディの上に乗せます。

以上の訓練を十分積むと、基本姿勢で弾く感触を体で覚えることができます。
pの位置とimaの位置の関係は、実際の曲の中ではさまざまになりますが、その中のもっとも基本的なものが上にあげた動きです。

〜つづく〜

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ケーナとギターの夢 2.

3/11(金)『ケーナとギターの夢』コンサート
 高橋マサヒロのケーナ、飯泉昌宏のギターの素朴なアンサンブル。

 今日は、演奏予定の飯泉のオリジナル曲について御紹介します。

はぐれ雲・・・サンポーニャ&ギター
ゆめ・・・サンポーニャ&ギター
6月のボレロ・・・フルート&ギター

他にもあるかも?ですが、まずは、この3曲。
われながら、とってもいいメロディだと思います。何度演奏しても飽きません。

「はぐれ雲」
 飯泉バンドでもソロギターでもやっている曲ですしCDにも収録ずみですので、コアなファンな方は御存じだと思います。トニックからベースラインが半音下降してくるコード進行が、さびしげな情緒をかもし出しており、日本人の心の琴線に触れるのかどうかわかりませんが、どこで演奏しても好評の曲です。
 今回は、サンポーニャとギターで演奏しますが、エンディングでは、高橋さんがチャフチャス(ヤギの爪でできた打楽器)を振りながらサンポーニャを吹くという、両手がふさがったフル回転の演奏が聴け(見られ)ます。

「ゆめ」
 これも飯泉バンドでもソロギターでもやっている曲で、わたしの曲の中では、この曲が一番好きといってくれる方も多いです。サンポーニャのなんともいえない憂いのある音で、即興演奏も交えて聴いてください。

「6月のボレロ」
 昨年の6月に作った曲で、まだCD化はしていませんが、どこで演奏してもたいへん好評。日本語的メロディをのせて作ったボレロ。保育園から帰宅する時に見た、幼い日の雨の街の情景を描きました。ボレロは、フルートが似合いますね。

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